セミリタイアする前に知っておきたかったこと【経験談】

どうも。

わたしはセミリタイアを引退して、俗世に復帰して早2ヶ月ほどになります。自分のセミリタイアははっきり言って成功の部類ではありません。むしろ失敗したと言えるでしょう。

なぜわたしのセミリタイアはうまくいかなかったのでしょうか?それは一言で言えばセミリタイアに対する理解不足が原因でした。

本記事ではセミリタイア前の自分が当時知っておきたかったことについて、まとめたいと思います。

 

■人生の満足度と社会的資本の関係

セミリタイアをすると社会との接点がなくなります。セミリタイア前は社会との接点がなくなることなんて大したことじゃないと思っていました。

確かに短期的な視点で見れば自分の認識は正しかったです。むしろ社会との接点がなくなって自由になることに清々しさすら感じていました。

しかし、セミリタイアをして数ヶ月も経過すると、徐々に心境が変わっていきます。

この心境の変化についてはMaoさんが非常に適切に表現しています。

 

 

 

■マズローの欲求5階層説とセミリタイア

心理学にはマズローの欲求5段階説というものがあります。

  • 自己実現の欲求
  • 承認の欲求
  • 所属と愛の欲求
  • 安全の欲求
  • 生理的欲求

マズローの欲求5段階説はピラミッド構造になっており、下位の欲求が満たされるにつれて上位の欲求を求めるようになります。

セミリタイア者もマズローの欲求5段階説を避けて通ることはできません。セミリタイアとマズローの欲求5段階説の関係を考えてみます。

 

生理的欲求や安全の欲求はセミリタイア>就労

まず生理的欲求ですが、これは食事や睡眠、排泄などの欲求です。現代の日本で生理的欲求が満たされない人は少ないでしょう。セミリタイア者も就業者も満たされているはずです。

つぎは安全の欲求です。これは身の安全を確保したい、不安から自由になりたいなどといった欲求です。働く以上は仕事面で不安を抱えていたりするものですから、就労者はここがネックになります。

一方でセミリタイア者は身の安全は確保されていますし、不安からも解放されています。

安全の欲求の観点からみればセミリタイア者のほうが就労者より圧倒的に満たされています。

ここまで見る限りだとセミリタイアしたほうがよさそうですね。

しかし、問題はここからなのです。

所属と愛の欲求からハードルが上がる

次は所属と愛の欲求です。

人間は「孤独でいたくない」「人に愛されたい」という欲求を本質的に持っています。一時的に孤独を好むこともありますが、それは一時的な安全欲求の高まりによるもので、時が経てば人は孤独でいることに精神的な辛さを覚えるものです。

この点に関して、就労者は孤独ではありません。愛されるのは無理であっても人と同じ場所であったり、コミュニケーションをとったりして仕事をしているはずです。

一方で、セミリタイア者はコミュニティがありません。

もちろん、所属する場所はコミュニティに所属することでセミリタイア者も克服可能です。しかし、所属と愛の欲求を満たすためにセミリタイア者は努力が必要です。

この点は克服可能ではあるものの、積極的にコミットしないと所属欲求を満たすことができません。積極的に組織にコミットすると安全欲求が脅かされる危険もありますが、所属欲求を満たす為にはそれも致し方ありません。

言い換えれば、所属と愛の欲求と安全の欲求の両立はなかなか難しいです。絶妙なバランス感覚が必要になります。この点をしっかり認識しておきましょう。

現代日本でセミリタイア者は承認欲求を満たすことができない

さらに難しいのが次の承認欲求です。

承認欲求は自分自身が自分の価値を認める自尊心の欲求、他者からいい評判を得たいという他者からの評価に対する欲求の2つからなります。

セミリタイア者は確固たる意志がないと自尊心が揺らぎがちです。なにか熱中できるものがないと生きがいを感じることができず、自尊心を失ってしまいがちです。

また、他者からの評価に対する欲求も現代日本ではかなり難題です。この国では勤勉な人が好まれます。セミリタイア者が就労者よりよい評判を得る可能性はほとんどありません。

つまり、セミリタイア者は承認欲求を満たすことが困難です。最悪、死にたくなります。
ここでつまずいてしまうがために、セミリタイア者は幸せになれないのです。

わたしも承認欲求の克服方法には悩みました。残念ながらわたしには解決策が思いつきませんでした。

幸せであるはずのセミリタイア者が鬱っぽくなったりするのはこの承認欲求によるところが大きいです。

セミリタイアをしたところで多くのハードルがあり、簡単に幸せにはなれないのです。

 

まとめ|セミリタイアは緊急避難として使うべし

長くなってしまったので、少しまとめたいと思います。

マズローの欲求5階層説に従うと、セミリタイアは決して理想的なゴールではありません。

確かにセミリタイアで生理的欲求、安全欲求は満たされます。

しかし、それ以上の高次の欲求を満たすことが難しいのです。

 

セミリタイアを一時的な避難場所として使うのには賛成です。たとえば仕事がきついとき、セミリタイアを当面の目標とすることはOKだと思います。やはり安全の欲求を満たすことが所属と愛の欲求よりベースとなる欲求ですから。

しかし、セミリタイアはみんなが目指すようなユートピアではありません。普通の人にとって、セミリタイアというゴールではどこかの欲求の段階で行き詰まってしまうのです。

セミリタイアブームに流されるな(自戒を込めて)

昨今、仕事を卒業して質素な暮らしをするセミリタイアが界隈ではブームになっています。
しかし、セミリタイアに向いている人はごく一部です。

わたし自身も当初セミリタイアへ並々ならぬ希望を抱いていましたが、それは”幻想”だとわかりました。今となってはもう少し冷静に考えるべきだったと反省しています。

そんなわけでわたしは労働市場に戻りました。
セミリタイア当初ほどの開放感はありません。しかしながら、少なくとも今はセミリタイア中盤よりは幸せなんじゃないかなと思っています。

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